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東京高等裁判所 昭和45年(行ス)4号 決定

抗告人(相手方) 東京入国管理事務所主任審査官

相手方(申立人) 禹昌信

主文

原決定を取消す。

相手方の本件執行停止の申立を却下する。

本件申立費用および抗告費用はともに相手方の負担とする。

理由

抗告人の本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるというにあり、その理由とするところは、別紙「抗告の理由」記載のとおりである。

よつて按ずるに、疎甲第一ないし第四号証および疎乙第一ないし第一〇号証によれば、次の事実が疎明される。

すなわち、「相手方は、昭和一五年七月一九日本邦で父禹秉錫、母姜庚出の間に出生した韓国人で、昭和二〇年秋頃父母とともに本国に帰国したものであるが、昭和三五年三月頃釜山港から大阪港に勉学を目的として不法入国し、同年五月東京都新宿区所在の韓国学園高等科二年に編入学し、昭和三七年三月同学園高等科を卒業した上同年四月明治学院大学文学部英文科に入学したものであるところ、同年五月二四日東京入国管理事務所に自ら不法入国の事実を申告し、出入国管理令(以下単に「令」という。)第二四条第一号該当容疑者として令に定める退去強制手続を受けたが、同年一一月一四日法務大臣から、在留資格を留学生とし、在留期間一年、『学業終了後は直ちに出国すること』との条件の下に令第五〇条に基づく在留の特別許可が与えられたこと。しかるに、相手方は明治学院大学を中途退学して、昭和三八年四月一日あらたに早稲田大学第一商学部に入学し、同年一一月一一日同大学在学中であることを理由に第一回在留期間更新許可申請をなして許可され、その後四回にわたり在留期間の更新を受けたこと。ところで右通算第五回目の更新は、相手方において卒業に必要な学科単位数を取得することができず、本来の卒業時期である昭和四二年三月の卒業が不可能であつたので特に許可されたものであること。ところが、相手方は昭和四三年四月、未修得単位を一九単位残して卒業しないまま第六回目の更新申請をなし、これについては前回更新の経緯があつたので、在留資格を令第四条第一項第一六号所定の資格とし、在留期間を九〇日と変更の上許可され、さらにその後三回にわたつて在留期間の更新を許可されたにもかかわらず、在留期限である昭和四四年四月二五日までに卒業に必要な未修得単位を取得せず、その結果、結局右期限を超えて不法に本邦に残留することとなり、令第二四条第四号ロに該当する者となつたこと。しかして相手方が大学の単位取得について誠意なく、昭和四四年三月に至つてもなお卒業しなかつたのは、相手方において本国における兵役義務回避などの理由により本国に帰還することをきらい、本邦で結婚し、かつながく生活をすることを希望していること等に基づく故意の引きのばし策であるとうかがわれること。なお相手方に対しては昭和四四年六月退去強制手続がとられたが、仮釈放されたため、昭和四五年三月右大学を卒業する機会は与えられていたこと。相手方は現に大学院への進学希望を述べているが前記事情に照らし、その主たる目的は本邦での滞在をながびかせるためであると認められること。」

以上の疎明事実からすれば、法務大臣が相手方に対し昭和四四年四月二六日以降令第五〇条に基づく在留特別許可を与えなかつた点について裁量権の濫用ないし逸脱があつたものと考えることはできず、また相手方は「難民の地位に関する条約」にいう「難民」には該当しないものと解されるから、相手方の本件執行停止の申立は、本案について理由がないとみえる場合に当るものというべく、したがつてその余の点について判断するまでもなく失当としてこれを却下すべきである。

よつてこれと異なる原決定を取消し、本件申立を却下すべく申立費用および抗告費用は民事訴訟法第九六条、第八九条により、相手方に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 古山宏 川添万夫 秋元隆男)

(別紙)

抗告の理由

相手方の本件執行停止の申立ては、本案につき理由がなく、また、執行停止の必要性も認められないから、失当として却下さるべきである。

第一、本案について理由のないことが明白である。

(一) 原決定は、本件執行停止申請が本案について理由がないとみえる場合にあたるとの抗告人の主張について「相手方が出入国管理令第二四条第四号ロに該当するとの点については相手方の主張事実と抗告人の主張事実とは一致せず、本件疎明によつては、いまだ抗告人の主張事実を肯認するには不十分であつて、本案における事実審理の結果をまたなければ、その黒白を決しえないところである。」と判示される。

しかし、相手方は、その許可された在留期間である昭和四四年四月二五日をこえて本邦に残留している事実を自ら認めているのであり、昭和四四年六月一〇日付の東京入国管理事務所特別審理官の、相手方が出入国管理令二四条四号ロに該当する旨の認定は誤りがないとの判定(疎乙第四号証)に対し、相手方はその事実の認定を争うことなく、同日付の法務大臣の異議申出に当つても単に早稲田大学部に在学中であることなどをあげて法務大臣の在留特別許可を嘆願するという趣旨で異議の申出を行なつたもので(疎乙第五号証)相手方が出入国管理令二四条四号ロに該当することについての争いは全くないのである。そのことは昭和四五年二月二八日付の相手方の執行停止申請補充書によつても一見して明らかなように相手方はこれに反するなんらの主張もしていない。

(二) 相手方が主張する違法理由は、法務大臣が相手方に対して出入国管理令五〇条に基づき在留特別許可を与えなかつたのは、裁量権の濫用ないし逸脱があるという点である。

しかし、意見書においても述べたように、法務大臣の在留特別許可は出入国管理令五〇条の規定から明らかなとおり、異議の申出に対する裁決の特例としてなされるものであり、在留特別許可を与えるかどうかは法務大臣の自由裁量に属するものであつて、しかもその許可は国際情勢外交政策等をも考慮のうえ、行政権の責任において決定さるべき恩恵的措置であり、裁量の範囲のきわめて広いもので、法務大臣がその責任において裁量した結果については充分尊重されて然るべきものである。

しかも、法務大臣が在留特別許可をするに際しては、個別的に主観的客観的要件を総合して特別に在留を許可すべき事情の有無を判断するのであつて判断の基準先例あるいは規範は存しないのである。

(三) 相手方は、申請補充書において、さらに本件処分が確立された国際法規並びに憲法九八条二項に違反する旨主張するが相手方が確立された国際法規とする難民の地位に関する条約は、一般的に難民の処遇を定めたものでなく、第二次世界大戦前の各種条約および協定中で難民とされていた者IRO憲章で難民とされている者であつて、かつ、民族、宗教、国籍、特定の社会に属すること等の理由で確実な恐怖のため本国を難れている者であつて、本国の保護を受けることが不可能または希望しない者等を対象としているのである。

難民の地位に関する条約の加盟国がその条約上の義務を負担していることは別として、わが国を含む未加盟国が難民を本人の意思に反して送還してはならないという一般的な国際慣習法上の義務を負うものではない。すなわち、難民保護を一種の努力目標とすることは格別、現在の国際法上はいまだ国家の一般的義務として確立されていないというべきである。

相手方は、昭和三五年三月家族とかわれ本人の自由意思で不法入国してきたのであつて、相手方がいわゆる難民に該当しないことは明らかであり、確立された国際法規ならびに憲法九八条二項に違反するものではない。

よつて、本案について理由のないことは明白である。

第二、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性はない。

(一) 回復の困難な損害はない。

1、原決定は「相手方は、本件退去強制令書に基づく執行を受けるときは、これにより回復困難な損害を蒙るおそれがあり、これを避けるため、右執行を停止すべき緊急の必要がある。」と認められる。と判示されるが、いかなる点が相手方に回復の困難な損害であるかについては判示されるところはない。相手方の主張によれば、収容・送還されることによつて相手方が早稲田大学第一商学部を卒業することができなくなること、大学院への進学の道が閉されることが回復の困難な損害を生ずることになるというものと思われる。

2、しかしながら、早稲田大学に在学中であるとはいつても学業状況については既にのべたとおりであり、いわば形式的なものにすぎず未だに卒業に至らないものである。しかも相手方は、昭和四三年度より授業に出席していないばかりでなく、授業料も未納のまま放置し、抹籍対象者となつていたところ(疎乙第六号証)不法残留となり、本件退去強制手続きが開始され、東京入国管理事務所に収容されていた同四四年六月九日に、養母吉沢千代子の夫李彰が早稲田大学に未納授業料を納入して抹籍を免れたものであり(疎乙第七号証)、同四二年四月以降は一単位も取得していない状況で(疎乙第八号証)、勉学に熱意があるとはとうてい認められない。

3、また相手方は大学院に進学予定であると申し立てているが、そのような希望は在留期間更新許可申請にあたつてはもちろん退去手続における違反調査、審査ならびに口頭審理のいずれの段階においても申し立てたことはなく、(疎乙第九号証)本件執行停止申立においてにわかに表明したものであり、大学学部における就学状況を勘案しても、相手方が真に大学院において、より高度の学問を修めようと希望しているものではなく、実は、形式的在学の事実により、留学生としての在留資格を得て、本邦に居坐りを策しているものといわざるをえない。

4、したがつて、相手方の本邦における在留目的(学業)はすでに実質的に失なわれたものと認められるので、退去強制令書の執行をうけることによつて蒙る回復の困難な損害は存しない。

(二) 緊急の必要性はない。

外国人退去強制令書の執行は、被退去強制者をその令書に記載された送還先へ送還することと、送還のための所定の場所への収容を含むものであるところ、原決定は、その両者とも執行を停止するものである。

このように、収容部分の執行をも停止される場合には、相手方は、出入国管理令による外国人としての管理を受けることなく、全く無制限に行動することができることになり、このまま、本案判決確定に至るまでの相当長期間放置を余儀なくされることは、法定の資格なく、事実上本邦に在留を認めると同じ結果を招来し、出入国管理行政を混乱させることになる。

なお、場合によつては、相手方は所在不明となり、本案判決が、抗告人の勝訴に確定しても本件処分の執行が不能になるおそれも十分予想されるところである。

相手方は、本件処分により収容されても出入国管理令五四条による仮放免の請求をすることができるし、その場合、抗告人側は一定の保証金を納付させ、住居および行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務、その他必要と認める条件を付して仮放免することができるのである。

したがつて、仮に送還部分の執行を停止されるとしても、予め、収容部分の執行の停止をも認めねばならない緊急の必要性はなく、少なくともこの限度で原決定は変更されるべきものである。 以上

原審決定の主文および理由

主文

相手方の申立人に対する昭和四五年一月一九日付退去強制令書の執行は、当裁判所昭和四五年(行ウ)第三一号事件の判決の確定に至るまで、これを停止する。

申立費用は相手方の負担とする。

理由

一、申立人の本件申立ての趣旨および理由は、別紙(一)(二)のとおりであり、相手方の意見は、別紙(三)のとおりである。

二、疎明によれば、申立人は、本件退去強制令書に基づく執行を受けるときは、これにより回復困難な損害を蒙るおそれがあり、これを避けるため、右執行を停止すべき緊急の必要があると認められる。

三、相手方は、本件は、本案について理由がないとみえる場合にあたると主張し、その理由として、(一)申立人は、出入国管理令第二四条第四号ロに該当することおよび(二)本件退去強制令書発付の前提たる法務大臣の裁決には裁量権の逸脱濫用はないこと、を挙げている。

しかし、(一)の点については、申立人の主張事実と相手方の主張事実とは一致せず、本件疎明によつては、いまだ相手方の主張事実を肯認するには不十分であつて、本案における事実審理の結果をまたなければ、その黒白を決しえないところである。そうであるとすれば、右の判断如何によつて、(二)の裁決もまた違法となる可能性がないとはいえない。よつて、本件は、いまだ、本案について理由がないとみえる場合にあたるということはできない。

四、以上のとおりであるから、申立人の本件申立ては、理由があるものとしてこれを認容し、申立て費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

別紙(一)

強制執行申立

申請の趣旨

一、相手方が、昭和四五年一月一九日付東京第二六三号をもつて申立人に対して発布した外国人退去強制令書に基づく執行は本案判決が確定するまでこれを停止する。

との決定を求める。

申請の理由

一、申立人は外国人(韓国人)であるが外国人登録法第三条第一項の規定により川越市長原票(登録番号〈8〉第〇四七一三四号)に外国人登録済みのものであるが、外国人登録令第一六条第一項第一号に該当する不法入国者であるとの理由により相手方から昭和四五年一月一九日付東京退二六三号をもつて外国人退去強制令書を発布されたが、同二二日付法務省東京入国管理事務所主任審査官川原謙一作成の仮放免許可書によつて同年二月二三日まで仮放免を許可されているものである。

二、ところで申立人は昭和三四年三月末頃勉学を志し、韓国釜山港から大阪港に不法入国し、同三五年五月頃東京韓国学園高等学部に入学し、同三七年三月同校を卒業同年四月明治学院大学英文科に入学したが、同三七年六月頃東京入国管理事務所に任意出頭し自首したものである。

よつて同年同月同事務所から仮放免期間一ケ月を条件とする仮放免を許可され、更に三回の更新を許可されたのち、三ケ月を条件とする特別在留の許可を受け昭和四四年四月から三ケ月更新の特別在留の資格を有するようになつたが、偶々同年一月一〇日申立人は同年一月二五日から四月二五日までの三ケ月間の在留更新許可申請手続をなした際、同事務所よりの「呼出はがき」が右期間を一日経過した後である同年四月二六日遅配されたのでその翌日である同月二七日同所に出頭したところ同所では「期間内に出頭しないのは、不法在留をしたことになるから仮放免の許可申請をせよ」との指示があつたゝめ右呼出はがきによつて毎回出頭していた申立人にはいさゝか右説明に納得できなかつたけれども止むなく追従した。更にその後の同年六月五日同所よりの呼出により申立人は同所に身柄を拘束されその結果二七日間収容所に収容された。そこで申立人において右遅配の事実を指摘して不法在留の事実がないことを理由とする出入国管理令第四九条第一項に基づく異議の申立をなしたところ、同年七月一日同条第四項により仮放免となつた。

そうしてその後は一ケ月毎の延期申請手続をしていたところ、突如昭和四五年一月一九日同所からの呼出を受けたので出頭したところ同日退去命令が発布され同日仮放免は取消されて身柄を収容された。申立人はその三日後である一月二二日向う一ケ月間の仮放免の許可をえて現在に到つてはいるものゝ、申立人としては僅かに前記期間後の出頭の事実が落度としてあるに過ぎず、右事実も、もつぱら相手方の前記呼出行為に基因するものである。

三、他方では申立人は前述のとおり日本での学業にあこがれ、昭和三四年三月入国して以来ひたすら学業に励み、現在早稲田大学商学部四年に在学中である。しかも今日までの過去一〇年余の間の申立人の日本国での行状素行などを考えても何らとがめられる点はなく、却つて昭和三七年六月には自ら良心の可責に耐えかねて、同所に自首して出るなど善良な一市民としての態度が表われている。

四、以上の諸点を総合して考えるとなるほど不法入国者である申立人に対して退去命令を発布するか否かは一応は相手方の自由裁量に属するいわば専権事項であると云えないこともないけれども、前記特別在留資格を得て約一〇年間長期間に及ぶ日本での市民生活を営み右取得した資格にある程度の信頼感を抱き「このまま行けば日本の教育を享受できる」旨の期得的利益をもち、更に現在同大学大学院に進学する予定の申立人の利益に比して思えば、この段階での右発布も単なる便宜裁量の域にとどまるものではなく、例えば申立人に特別在留資格を付与したことは、矛盾のような背信行為が申立人に認定されるのでない限り右退去命令の発布をなすが如きは違法性をおびるものと云うべきでありその意味では法規裁量と考えるべきであり、この点を看過した相手方の退去命令の発布は結局無効なものである。

そこで申立人は本日東京地方裁判所に対し、退去処分発布取消の訴を提起したが、もしも大村収容所から本国に送還されてしまえば、後日本案訴訟において有利な判決を得てもその効なく申立人は回復することのできない損害を蒙ることになることは明白であるので執行の停止を求める緊急の必要がある。

別紙(二)

執行停止申請補充書

一、本件退去強制令書発付処分及び異議申立棄却の裁決処分に、裁量権の濫用ないし逸脱による違法があるとの主張の補充(同時に意見書第二、二(二)に対する反論)

(1) 相手方は、昭和四五年二月二六日付意見書において、出入国管理令第五〇条に基づく在留の特別許可の付与は、法務大臣の自由裁量に属する旨主張する。

けれども、管理令施行規則第三五条は、異議申立書の添付資料として、その四号において「退去強制が甚だしく不当であることを理由として申出るときは、審査、口頭審査及び証拠に現われている事実で退去強制が甚だしく不当であることを信ずるに足りるもの」について規定しているから、法務大臣の本件裁決およびこれを先行々為としてなされる相手方主任審査官の本件退去強制令書発付処分が、前記裁量を超え、又は、その濫用があつた場合には、違法なものとして取消さるべき行為となることは、明らかである。

これを、本件について言及するならば、申立人は、戦前日本国に居住する朝鮮人の父母の間の子として出生し、戦後間もなく、父母とともに敗戦という特殊事情から、止むなく韓国に帰国した事情が認められる。

そして、昭和三四年三月頃、勉学を志ざし、母方の叔父姜秀元(いわゆる、昭和二七年法律第一二六号該当者である)を頼つて入国して来た者であるが、良心の可責にたえかねて、同三七年五月不法入国の事実を自首し、その後、令四条一項六号の該当者としての在留資格を付与された。(尚、その後同令同条同項一六号に変更した事実は認める)

爾来、今日まで、社会的には善良な市民として、その素行において非の打ちどころがないばかりか、学業においても、極めて勤勉ではあつたが、たゞ同人は、日本語の語学力の不足が影響して、早稲田大学での単位をとるのに事欠き、現在に至つているのが真相であり、相手方が主張するように、本国への帰国回避の目的をもつて故意に卒業を引き延ばしているものではない。のみならず、本年同大学商学部を卒業したあかつきには、更に大学院進学への向学心にもえている。

そして、現在同人には、偶々、同人の人柄を見込んで、同四四年三月親子の契りをかわした申請外、政治評論家吉沢青鬼氏が、これまで申立人を、物心両面から援助監督して来ており、今后も、その意思が明らかである。

更には、右吉沢の長女千代子と婚約中であり、学業も卒えた折は、二人は日本で居住する予定である。

もともと、同人の在留資格は、日本での学業を条件に、令四条一項六号の該当者として付与されたものであるから、右学業の修了が偶々前述のような、同人の止むを得ざる障害に起因して遅れたからと云つて、また相手方が主張するように、仮りに本国での兵役回避の意思が併存したからと云つて、「本邦での居すわりを目的として故意に単位取得を怠り卒業しないものと認められる」と即断するがごときは、事実誤認も甚だしいものといわなければならない。

さらに、ひるがえつて、管理令五〇条の特別在留許可制について論ずるならば、日韓条約締結前においては、本件のように不法入国者であつても、日本国にかつて居住し、日本国に住居を有する親族を頼つて入国し、あるいは、日本国に居住権を有する者も、親子の関係にあるものについては、特別在留許可が与えられるのが、先決例となつている。そして、この先決例の理論的根拠としては、過去三六年間に及ぶ植民地支配の時代に在日朝鮮人が歩んだ受難の道――即ち、日本と朝鮮との歴史的特殊事情に由来する人道主義的感情が、今や在留を認めないことは不正義であると云う法的確信にまで高められているからである。

日本で出生して帰国し、今回入国するに至る申立人の一連の行為をみるに、かかる恩典を同人に与えない理由はない。

また、相手方は、「元来、国際慣習性か特別の条約が存しない」と主張するが、一九五一年スイスのジユネーブにおいて成立した「難民の地位に関する条約」は、「条約国は、国家保安または公共秩序の理由を除いては、その国土から難民を合法的に退去させることはできない」と規定しているが、正しく確立された国際法であり、従つて棄却の裁決は、国際法規の遵守義務を定めた憲法第九八条第二項にも違反するものというべきである。

よつて、以上の諸点を看過して、相手方が特別在留の許可を与えることなく棄却の裁決(並びに退去命令)をなしたのは、違法な処分と云うべきである。

二、呼出はがき遅配の事実にもとづく、不出頭に関する主張の補充

相手方は、棄却の裁決の理由として、不出頭の事実を指摘しているかどうかは必ずしも明らかでない。

しかし、仮りに、このような事実が、本件棄却の裁決の理由の一因をなしているとするならば、申立人は、次のごとく主張する。

このような出頭義務は、全く事務細則的規定にすぎず、従つて、その違反あるをもつて、国の公安に害があるものではない。のみならず、同人は、在留資格を取得して以来、ずつと事実上郵便はがきによる通知方法にもとづき、毎回出頭していた事実が認められ、同人は、右通知方法による呼出がある時にのみ出頭すればよいと、信じ込んでいたもので、それ以外に他意を認めることはできない。逆に云うならば呼出があれば、必ず出頭すべき義務ありと考えて、出頭義務には極めて過敏であつた。

したがつて、申立人が主張するように「不出頭」の事実に起因して棄却の裁決をすることは、同人が約一〇年間、日本国で築き上げた一切の生活の基盤を一挙に失なうことの不利益を考えると、やはり裁量権の範囲を著るしく超えたこととなり違法な処分と云うべきである。

三、回復の困難な損害を避ける緊急の必要性についての補充

前述のとおり、申立人は、早稲田大学第一商学部を来月卒業する見込であるから、強制送還については勿論のこと、収容されるとなると、念願の卒業ができないばかりか、大学院への進学の途も完全に閉ざされるなど、回復の困難な損害を生ずることとなる。

また、同人は、在留資格を取得して以来、逃亡するなどのおそれが全くないことは、相手方も認めるところである。

よつて、本申立に及んだ次第である。

(別紙(三))

意見書

意見の趣旨

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

との裁判を求める。

意見の理由

第一本件退去強制令書発付の経緯

一、申請人は、昭和一五年七月一九日本邦で、父禹秉錫、母姜庚出の間に出生した韓国人で、同二〇年秋ごろ父母と本国に帰国したものであるが、同三五年三月ごろ釜山港から大阪港に勉学を目的として不法入国し、母方の叔父姜秀元の世話をうけ、同年五月東京都新宿区若松町所在の韓国学園高等科二年に編入学し、同三七年三月同学園高等科を卒業した。

申請人は、昭和三七年四月明治学院大学部英文科に入学したが、同年五月二四日東京入国管理事務所に不法入国の事実を申告し、出入国管理令(以下令という。)二四条一号該当容疑者として令に定める退去強制手続きをうけた結果、同年一一月一四日法務大臣から「学業修了後は直ちに出国すること」を条件に令四条一項六号に該当する者としての在留資格(留学生)及び在留期間一年をもつて在留を特別に許可された。申請人は、翌三八年在学中であつた明治学院大学を退学し、新たに早稲田大学第一商学部に入学したのち、同年一一月一一日早稲田大学在学中であることを理由に第一回在留期間更新許可申請をなし、同大学同学部長の推せん状も提出されたので、同申請は許可された。そして、その後四回にわたり在留期間更新許可をうけたが、五回目は申請人にとつて卒業に必要な単位数が一二八単位であるのに第一年次に二九単位、第二年次に三六単位、第三年次に二四単位、第四年次に二四単位、合計一一三単位しか取得できず、同四二年三月に卒業が不可能であることが明らかとなつたので、「留年は一年を限り認める」旨注意したうえ、特に、更新許可されたものである。しかるに申請人は、未取得一五単位を残しながら期末試験も受験しないままに第六回の更新許可申請を行なつたが、この際、早稲田大学第一商学部長の「明春は卒業可能である」旨の推せん状が提出されたので、前回更新の経緯はあつたが、在留資格を令四条一項一六号特定の在留資格及びその在留期間を定める省令一項三号、在留期間を九〇日に変更許可のうえ、許可された。

申請人はその後、引き続き三回にわたり在留期間の更新を許可されたが、在留期限である同四四年四月二五日をこえて不法に本邦に残留したので、東京入国管理事務所入国警備官は違反調査の結果、申請人を同年六月五日令二四条四号ロ該当容疑者として、同所入国審査官に引渡し、同入国審査官は、同年同月九日、申請人は令二四条四号ロに該当すると認定し、さらに、申請人の請求に基づいて口頭審理を行なつた同所特別審理官は、同年同月一〇日、入国審査官の認定に誤りはない旨判定したので、申請人は、早稲田大学に在学中であること等を不服理由として、法務大臣に対して異議の申し出を行なつたが、同年一二月二六日法務大臣は申請人の異議の申し出は理由がない旨裁決した。東京入国管理事務所主任審査官は、同四五年一月一九日申請人に対し、右裁決結果を告知するとともに、退去強制令書を発付し、申請人を同所に収容したが、自費出国準備を理由として仮放免の申請があつたので同月二二日仮放免を許可し、現に仮放免中である。

第二本件申請はその本案について理由のないことが明らかである。

一、申請人は、出入国管理令二四条四号ロに該当する。

申請人は、「昭和四四年一月二五日から四月二五日までの三ケ月間の在留期間更新許可申請をなした際、東京入国管理事務所よりの呼出しはがきが右期間を一日経過した後である同年四月二六日遅配されたので、その翌日である同月二七日同所に出頭したところ、同所では、「期間内に出頭しないのは不法残留したことになるから仮放免の許可申請をせよ」との指示があつた、申請者はいささかその説明に納得できなかつたがやむなく追従した」旨主張するが、その間の経緯は次のとおりである。

すなわち、申請人の昭和四四年一月二五日付在留期間更新許可申請に対し、同年二月一〇日、法務省入国管理局長より同申請を許可することにした旨東京入国管理事務所長に通知があつたので、同所係員は同年二月一五日申請人からかねて依頼されていた宛先記入済のはがきに更新許可証印のため、同月二六日出頭方を記載して投函したが申請人が出頭しなかつたので、さらに同年三月二四日及び同年四月一七日出頭通知のはがきをだしたが、いぜんとして申請人は出頭しなかつたので、同年四月二三日に四度目の出頭通知をだしたところ、申請人はその通知の出頭指定日である同月二五日に出頭せず、同月三〇日に至つてようやく出頭した。

よつて、直ちに同許可通知に基づく在留期間更新許可証印を行なつたが、その在留期間は昭和四四年四月二五日までであり、申請人に許可された在留期間をすでに経過しているので、同所入国警備官は同年五月二日申請人につき、令二四条四号ロ該当容疑により違反調査を開始したのである。したがつて申請人は、その在留期間である昭和四四年四月二五日を超えて残留しているものであり、令二四条四号ロに該当することは明らかである。

もともと外国人は、決定された在留期間内のみ適法に本邦に在留しうるにすぎないのであつて、更新の許否の告知の方法についても、法令に別段の定めがない以上、入国管理官署に郵便はがきによる許否の通知をなすべき義務は認められず、先にのべたとおり申請人の依頼と費用に基づいて郵便はがきによる通知方法をとつたにすぎないのであるから、郵便はがきの遅配の事実があるので不法残留は成立しない旨の申請人の主張は理由がないことはいうまでもない。

二、本件退去強制令書発付処分には、裁量権の逸脱あるいは濫用はない。

(一) 申請人は、不法入国者である申請人に対して退去命令を発するか否かは一応は被申請人の自由裁量に属すると主張する。

しかし、退去強制令書発付処分は覊束行為である。すなわち、令五章に定める退去強制の手続によれば、入国警備官は令二四条各号の一に該当する疑のある外国人があれば、その者を収容して当該違反事実につき調査をなしたうえ、これを入国審査官に引渡さなければならないものであり(令二七条、三九条、四四条)、入国審査官は、右引渡を受けた事件につき、容疑者が令二四条各号の一に該当するかどうかをすみやかに審査し、認定することを要し(令四五条一項)、また当該容疑者が右認定を不服として口頭審理の請求をしたときは、特別審理官は口頭審理を行ない、認定に誤りがないかどうかを判定しなければならず(令四八条三項、六項、七項)、さらに容疑者が、右の判定に対し異議の申し出をなした場合は、法務大臣は、その異議の申し出は理由があるかどうかを裁決することを要するものとされているのであつて(令四九条三項)、右に述べた入国審査官の認定、特別審理官の判定及び法務大臣の裁決は、いずれも容疑者が令二四条各号の一に該当するものであるかどうかの点のみを審査し決定するよう義務づけられており、令二四条各号の一に該当する者につき事案の軽重その他の事情を考慮する余地はなく、しかも主任審査官は右の認定、判定、裁決の確定次第必ず退去強制令書発付処分をしなければならない(令四七条四項、四八条八項、四九条五項)のであり、そこには令書を発付するか否かの自由裁量の余地は全くないのである。

したがつて申請人が、前記のとおり令二四条四号ロに明らかに該当するのであつて本件退去強制令書発付処分は適法でありなんら違法はない。

(二) もし、かりに、申請人主張の趣旨が、法務大臣が申請人の異議申し出の裁決に当つて申請人につき、令五〇条一項三号に規定する特別に在留を許可すべき事情があるのにこれを許可しなかつたことが違法である旨の主張と解しても元来、国際慣習法が特別の条約が存しない限り外国人の入国ならびに滞在の許否は当該国家の自由に決しうるところであつて、令五〇条に基づき在留の特別許可を与えるか否かは法務大臣の自由裁量に属するものである(最高裁判所昭和三四年一一月一〇日判決、民集一三巻一二号一四九三頁)。しかも右許可は、法務大臣の恩恵的措置として行なわれるもので、申請人に在留特別許可をしなかつたからといつて本件退去強制処分が違法となるものではない。しかも申請人は、昭和三七年四月明治学院大学文学部英文科に入学し、これを理由に法務大臣より学業終了後直ちに出国することの条件で在留特別許可されたもので、その際、申請人は、現在在学中の学校を卒業した際は遅滞なく出国する旨の誓約書を提出しているのであるが、同大学の学業を修得しないまま翌昭和三八年四月には早稲田大学第一商学部に入学し、以来同大学に在学しているものの、既に同大学入学後七年を経ているにも拘わらず、単位不足で卒業できないのである。申請人は、入国警備官の違反調査に際し、今更本国の生活にもどりたくないこと、そして今本国に帰つた場合三五才まで兵役義務があり、兵役を終えてから本国で就職先を探すとなると困難で帰国したくない旨述べており、その真実は在学中とはいつても到底勉学に専念しているものではなく、本邦での居すわりを目的として故意に単位取得を怠り、卒業しないものと認められるものである。また、申請人には本邦に近親者もおらず、父母兄弟はすべて韓国に居住しているのである。したがつて、かかる事情にある申請人に在留特別許可を与えなかつたことについては、なんら裁量権の逸脱あるいは濫用はない。

第三申請人には回復の困難な損害を避ける緊急の必要性がない。

申請人は、もしも大村収容所から本国に送還されてしまえば、後日、本案訴訟において有利な判決を得ても回復することのできない損害を蒙ることは明白であるので、執行の停止を求める緊急の必要がある旨主張する。しかし、申請人の本件申請は、前記のとおりその本案について理由のないことが明らかであり、また、申請人主張の損害は退去強制処分に伴ない必然的に発生するものであるから、これを損害ということはできない。したがつて、本件令書に基づく執行を停止する緊急の必要性は全くない。

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